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なつやすみ日記

猫のような日々

環境を変えると願いが叶う。

 東浩紀さんの「弱いつながり」を読みました。一時間程度でさらりと読める本でした

弱いつながり 検索ワードを探す旅

弱いつながり 検索ワードを探す旅

 

  タイトルの『弱いつながり』とは社会学者のマーク・グラノヴェッターが1973年に提唱した概念のことだ。弱いつながりがあれば、強いつながりもあるわけで、その中間もある。これは人のつながりの関係性を表した概念である。

 

人間関係のパターンは5-15-50-150-500

 5というのは、精神的支えになってくれたり、困ったときに助けを求めることのできる相手の平均的な人数。家族とか親友とか自分にとって最も大事な人たちの数。

 次の15というのは、社会心理学がシンパシーグループと呼ぶ人たち。家族や親友ではないが、その人が亡くなれば大きな悲しみを経験するような人の数。

 次の50という数字は、比較的頻繁にコミュニケーションを取る人の数。

 150というのは、いわゆるダンバー数。人間の頭脳の大きさで決まる数字で、一人ひとりの名前を覚えていて、だれがだれだかをはっきり認識できる人の数。古代から中世にかけての集落の数は、だいたい150人だそうで、現代でも会社の事務所内の従業員の数が150人を超えると欠勤数が増えるという調査結果があるらしい。

 500というのはWeak ties、弱いつながり、と呼ばれるグループ。会ったことはあるけど、それほど親しくない人の数。人生を通じて500人以上の人と出会うわけだけど、実際に名前を覚えていられるのは500人程度だという。

インフルエンサーより「仲のいい少人数グループ重視」の時代へ 書評「Grouped」【湯川】」

 http://techwave.jp/archives/51739226.html

 

 東浩紀さんは 検索エンジンに支配されない生き方をするために弱いつながり(Weak ties)を重視したほうがいいと主張している。 アルゴリズムの発達によって、検索エンジンの予測検索はどんどん正確になってきている。個人の考えていることがコンピュータに直結していくイメージだ。ノイズは排除され、正確に情報を表示しはじめている。ただ、ノイズの排除は新しい言葉との出会いを減らすことにもつながる。検索エンジンだけではなく、TwitterFacebookなどSNSの友人達が特定のクラスタ化していくように、強い絆が保たれ、ノイズが排除されたユートピア的環境では新しい言葉とは出会えない。そのような蛸壺的状況を打破するために東浩紀さんは旅をしろと主張する。

 

情報はいくらでも複製できるけど、時間は複製できない。欲望も複製できない 。情報が無限にストック可能で、世界中どこからでもアクセスできるようになったいま、複製不可能なものは旅しかないのです。

 

弱いつながり 検索ワードを探す旅

弱いつながり 検索ワードを探す旅

 

p85-86

 そして、東浩紀さんが実際に旅行していくうちに出会った検索ワードや思いついたアイデアについて語っていくというのがこの本の基本的な構成になっている。バンコク、韓国、アウシュビッツチェルノブイリなどの海外から、福島や東京などの国内などが主な旅行先だ。

 

  旅をしろという言葉は最近読了した「遊び疲れた朝に」というインディペンデント・ミュージックについて語られた書籍でもキーワードだった。 

  僕は日本のインディペンデント・ミュージックが好きだけど、集団が内輪化していき、蛸壺化していく構図は少なからずある。音楽業界の不況がそうさせたのか、TwitterFacebookなどのツールの影響なのか定かではないけど、ハイコンテクスト化していき、エイズのように免疫不全状態寸前のサウンドを出す音楽家も少なくない。そういうシーンの中で旅をするように音楽を鳴らすのがceroというグループだ。

磯辺「だから、「東京に根ざした音楽」というものは、この街が歴史のない都市である以上、「東京」という「面」の単位では生まれ得ない。ceroがおもしろいのは、自分たちや家族、友達、そして好きな音楽の歴史を育んだ東京の「点」の単位で地に足をつけて、それらを繋いでいくところで。

 

九龍「彼らには「音楽で旅をする」っていうコンセプトがあるよね。それが小旅行なのか大航海なのかはわからないけど、その軌跡を見せてくれるところがおもしろい。すべての音楽は出揃って、すべてのものが用意されているように見えるんだけど、そのぶん状況はどんどんドメスティックになっていて、みなあまり旅には出ていない、ということをよく知っている。」

 

磯辺「東京が架空の街であることは前提として、そこに自分たちなりの地図を描いていくということだよね。東京は噓くさいけど、自分たちの手で描いた地図だけは生々しいという。

 

九龍「そうそう。次どこに行くかはわからないし、もしかしたら座礁してしまうかもしれないけど。それは坂口の『ゼロから始まる都市型狩猟採集生活』で繰り返した、都市の隠されたレイヤーを発見するということでもある。

 

 

P219-220


cero / Yellow Magus【OFFICIAL MUSIC VIDEO】 - YouTube

 

  旅をするということは地図を作るということであり「自分たちの地図を描くことについて」という記事を僕は書いている。東浩紀さんは旅行先はなるべく自分の言語が通用しないような異邦のほうが新しい検索ワードは見つかりやすいと言っているけど、これは度合いの問題のような気がして、案外身近くにも異邦的な場所は存在すると思う。それは自分たちの家族や仲の良い友人などの強いつながりを持つ人達から、旅を続けることでどんどん弱いつながりを増やしていき、東京中に彼らのアクセスポイント増やしていく。身の回りのことを徐々に拡張していってどんどん変わって行くのがceroの魅力であり、既に存在するリソースを使い回すだけで終わるグループでもない。たぶんそれが僕がceroに惹かれる理由であるんだろう。

 

 ただ、旅行は自らの環境を変えるために偶然性というノイズを手に入れることであって、自らが望んでいるものにたいしてはノイズが排除された必然性がある。弱いつながり」の序章にこのようなことが書いてあった。

 「つねに思うのは、人間は環境が作るということ。お金持ちと付き合っていればお金を稼ぐ方法がわかるし、クリエイターと付き合っていれば、自然とどうやったらものを作れるかがわかり自分もクリエイターになる。人間とは基本的にはそういう生物です。例外は「天才」と呼ばれますが、多くのひとは天才ではありません

 

弱いつながり 検索ワードを探す旅

弱いつながり 検索ワードを探す旅

 

p9

*1

 

 

 もし東京大学に入学したければ、東大合格率が高い有名進学校に行けばいいという例も書いてあるが、東大入学のように多くの人が望むようなことであれば完璧に近いレベルで環境が整っているもしれないが、望む人数が少なくなればなるほど実際は環境が整ってないことのほう多いだろう。

 

 その環境を構築していく際に様々なノイズ(偶然性)が自分の耳に入ってくるが、ノイズ(偶然性)から必要な情報だけ取捨選択し、必然性を高めるということになる。偶然性と必然性は表裏一体の逆説的な関係になっている。必然を求めるためには偶然が必要で、必然を壊すためには偶然が必要だ。繰り返しになるが、偶然性を高めるために旅行が有効であるということだ。

 

「弱いつながり」の感想のリンク ↓

http://www.en-soph.org/archives/39444832.html

http://aniram-czech.hatenablog.com/entry/2014/08/10/174942

http://www.ikedakana.com/entry/2014/08/06/121000

http://www.ikedakana.com/entry/2014/08/09/193724

http://www.yo-hey.com/archives/54906050.html

http://gosenzosummer.hatenablog.jp/entry/2014/07/27/111043

http://d.hatena.ne.jp/ta26/20140802

http://www.gentosha.jp/articles/-/2395

http://techwave.jp/archives/51739226.html

*1:もし東京大学に入学したければ、東大合格率が高い有名進学校に行けばいいという例も書いてあるが、他校の環境と比べて様々なノウハウを手に入れる環境であるからだ。全くの偶然ではなく、その環境では東大に入学するという必然性を高めることになる。 この発想は既に存在する環境に飛び込むということであり、ceroのように自分たちの音楽をやるための環境を整備していくという考え方もあると思っている。飛び込むということも出来るし、環境を自分の手で構築していくことも出来るだろう。東大に入りたいと思っている人を自分で集めて一緒に勉強しても一人でいるよりかは必然に近づくのではないのだろうか。環境を整備していく内に自分が願うことは叶っていくのではないのだろうか。東大に入学するのはわかりやすい例であるし、大人数が望むことでもあると思う。ただ、個人的な欲求になるほど解決方法は自分たちで環境を構築していくほかはないのではないかと思う。受動的でいることが難しくなり、能動的に環境を構築していくことになるでのはないかと思っている。