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なつやすみ日記

猫のような日々

お金を取るとコミュニティが活性化しにくい。

とあるシェアハウスの運営に僕は関わっている。住人の一人に沖縄からやってきた屋良くんという休学中の大学四年生がいる。端的に言ってしまえば沖縄でひきこもりをしていた青年だ。彼は吃音を持っていた。話すのが苦手だが克服したいということで他者と会話を訓練できる仕組みを作った。それが八王子ボードゲームクラブという主に海外製のアナログゲームを遊ぶ任意団体を作った経緯だ。他人同士が対面で遊ぶボードゲームは会話を何時間もしなくてはいけないからだ。ついでにちょっとしたお金を得るチャンスにもなる。参加料を500円取っているからだ。彼は両親から仕送りを貰っていないので利益はほんの少しだけ生活費にもなっている。だが基本的に参加費の大部分はゲームの購入に充てられている。つまり非営利団体に近い形を取っているということだ。

http://hachiohji-board-games.club/

 

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上記画像は開始してから四ヶ月目に撮影したものだ。現在はもっと多くのゲームに囲まれて生活している。半年で80箱程度のボードゲームを手に入れることができた。またお客さんの好意でたくさんのボードゲームを無料で貸し出してくれたりプレゼントしてくれることもあった。搾取的に運営していないからこそ起きた相互作用である。

 

そして嬉しい誤算が僕たちの頭を悩ましている。彼の吃音が改善した頃にはコミュニティーが大きくなってしまったのだ。Twitterのフォロワー数は半年の運営で1600人を超えた。FavやRTされるツイート数も少なくない。県をまたいで来訪するお客さんもいる。八王子市の街中に健全なコミュニティーが形成されつつある。シェアハウスの7畳ほどの共用スペースを利用し、ボードゲーム会を開催しているのだが日によっては15名以上の人が集まるようになってしまった。室内の快適度は規模が大きくなればなるほど下がりつつある。*1

 

近所に専用の物件を借りたほうがいいのだろうか?店舗やオフィスを借りるとなると高額の賃料や光熱費がかかってくる*2。ランニングコストを計算し、参加料を高額にする、お酒や料理を提供すれば運営していくことは可能かもしれない。世の中に存在するボードゲームバーやボードゲームカフェを見ていると単価はだいたい2000円から3000円程度、一時間毎にチャージを取っているお店も少なくない。小さい子、老人、学生などは来れないコミュニティーになってしまうだろう。週一回、遊びに来るだけでも一ヶ月12000円のお金がかかってしまうからだ。ひょっとしたら来てくれる人達でも気の利いた洒落を利かした会話をできなくなるほど追われてしまうかもしれない。経営していくコストに追われて追いつき追われていくような日々に飲まれていくのではないだろうか。

 

社会学者の西田亮介さん、NPO法人育て上げネットの工藤啓さんの共著「無業社会」によると経済的余裕無い人間の居場所は図書館しかないそうだ。

一見毎日自宅でごろごろしている印象を受けるかもしれないが、そもそもそれ以外の選択肢がないことを見逃してはならない。当然ではあるが収入がないため、コストがかかる余暇を楽しむ経済的余裕はないだろう。

[中略]

若者に話を聞くと「図書館にいた」という言葉に多く出会う。確かに、資格取得のために勉強している若者も少なくなく、無料で読書もできる。利用に際してお金もかからない。

[中略]

毎日自宅にいることを選択しているのではなく、それ以外に選択肢がないこと。 

無業社会 働くことができない若者たちの未来 (朝日新書)

無業社会 働くことができない若者たちの未来 (朝日新書)

 

P104~106 2014

本著は若年無業者について語られているが、経済的余裕の無い人間は日本に大勢いる。パッと思いつくだけでも老人、障害者、在日外国人、学生、小さい子供達の貧困問題は至るところで問題視されている。

 

土日以外で気軽に遊びに行ける場所はほぼ存在しない。街にはシャッターを閉めたままの店舗が広がっているのに。スペースは余っているというのに不思議なことだ。学生から大人まで、無業者から障害者まで多くの人がいやすいコミュニティを作ることは出来ないのだろうか。数日前に読んだ木下斉さんの著書「稼ぐまちが地方を変える」で町の衰退は不動産屋オーナーの責任だと主張していた。 

いわゆる「シャッター通り」商店街 の多くも、実は特段困っていない。よくメディア等では「地方経済の衰退の象徴」といったイメージで捉えて報道しますが、必ずしもそう一面的には捉えられないのです。

表通りにある物件を閉めたまま放置しているのは、その不動産オーナーの生活に余裕がある証拠です。もし本当に経済的に追い込まれていたら、銀行に全て抵当として取られているはずです。余裕があるからこそ、物件を汚いまま放置しておけるのです。しかし、不動産オーナーが自分の生活が安泰だからといって、物件を汚いまま放置してそれが何軒にもなれば、地域の価値は下がります。私たちは、彼らのこうした無自覚な態度を「まちの公然猥褻」と揶揄しています。*3

 

 P77 2015

著者の木下さんは解決策として具体的な事業案を組み立て不動産オーナーを説得するしかないと主張している。土地の価値を高めていくのは不動産オーナーの公的な責任であり、 周辺地域の不動産価値のの上昇に繋がっていくことを説明する必要がある。もちろんそのためには周辺地域に投資する必要がある。投資するということは身銭を切るということだ。良い条件で貸与することを求められる。驚くべきことに賃貸平均価格はバブル崩壊後から現在に至るまで大きく変化していない。*4。素晴らしい事業案を提案したとしてもペイできる範囲の家賃で無ければ成り立たないからである。

 

また木下さんは不特定多数をターゲットにしたアイデアでは活気溢れる場所は作れないと主張している。

一点特化でビジネスが出来るのは役所が関わってないからこそです。

施設や店舗開発に限らない話ですが、行政が税金を使って事業をする以上、特定の誰かだけが優遇されるようなことは出来ません。高齢者を優遇すれば「生活は若者のほうが苦しい」という話になるし、若者を優遇すれば「福祉が不十分」と批判される。だからまんべんなく「コミュニティの場を」という発想にならざるを得ないのです。しかしウラを返せば、それはどの世代、どの属性の人にとっても特段必要ではないものになってしまいます。みんなが使うことを考えたがゆえに、誰も使わなくていいものになってしまうという罠です。

 

 P95~96 2015

行政の予算は期待せずに民間ベースで街を活性化すべきと木下さんは主張している。といっても街の名士や事業者は表面上は地域を憂う態度を取っているが実際に投資する方はほとんどいない。街を巡る人々の無責任体質を暴いてるのも本著の面白さの一つだ。

 

実はコミュニティに対する投資の概念は既に存在する。 それはSRI(社会的責任投資)という手法だ。CSR(企業社会責任)のコーポレート・ガバナンス向上を促 進する一手法として広く認識され、株式上場の大企業と証券会社などの金融機関を中心に実践が進められている。SRIの枠組みの一つがコミュニティ投資だ。残念ながら日本国内では盛んに試みられている投資方法ではない。

参考

コミュニティ投資と非営利組織の役 割一アメリカ・イギリス・日本の現状
小関隆志 via 明治大学学術成果リポジトリ

https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/670/1/keieironshu_52_3-4_261.pdf

宗教的・歴史的背景、短中期的な投資リスクが高いこと、大規模な事業に投資するのに比べ投資金額が小さくなるためスケール・メリットを享受することも難しい。またコミュニティ投資に関わる法整備が整っていないことも日本国内に普及しない原因になっている。例えば国外では法整備をされたことで公共と民間の出資で作られたコミュニティ投資専用のファンドが生まれていたりするのだ。

 

日本にはコミュニティ投資専用のファンドは存在しない。ただ安倍首相が掲げる地方創生の第一歩として地方創生関連2法が2014年11月21日に成立している。創生関連法は現段階では理念的な内容が多いが、投資関連の法整備がされていく可能性は十分にある。第二条の五「地域の特性を生かした創業の促進や事業活動の活性化により、魅力ある就業の機会の創出を図ること。」というように条文に書かれているからだ。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H26/H26HO136.html

 

僕は一つのアイデアを提示する。大企業がCSRとして僕たちの存在を支援するというのはどうだろうか。もちろん前述したようにコミュニティ投資のリスクは高いと言われている。しかし安倍首相が掲げる地方創生へのコミットメントにもなり、コミュニティを用いた広報活動もできるだろう。それこそシャッター商店街や地域衰退のスケープゴートにされている大型ショッピングモールを経営している企業が地域コミュニティの支援をすれば地域との軋轢を和らげることができるのではないだろうか。もちろん民間企業は利益を求める団体だ。大企業が地域社会に投資するのであれば見返りは行政よりも強く求められる。強く求められるということは関係者は無責任でいられないということだ。故に行政や地域社会などの無責任体質に陥りやすい集団が支援するより成功の可能性は高くなるはずだろう。ユニークなコミュニティが成功すれば、僕たちが運営している八王子ボードゲームクラブのように県外からやってくるお客さんも来るはずだろう。そして、コミュニティがさらに成長すれば快適なコミュニティを求めて近隣に引っ越してくれるお客さんが現れるのではないだろうか。もしそうなれば地方経済は活性化し、結果的に投資してくれた大企業の製品やサービスの利用数も増えるのではないだろうか。

 

相当甘い見立てであることは重々承知の上だ。たった一つの企業だけでも心を動かしてくれることを信じて僕たちに投資してくれる企業を探したいと思う。  

  

*1:参加者が多い日は別の部屋を使って何とか対処をしている。

*2:今借りている物件は大家さんの許可は得ているが基本的に居住用の物件でビジネスを行うことは一般的に嫌がれる。ビジネス用の物件は今日中用途の物件に比べると高額に設定してあることが多い

*3:結局そうなると広いコミュニティを運営することは不可能になる。少し前にこんなことがあった。某駅前繁華街にある個人経営のカバン屋が閉店した。初老の男性が所有している不動産物件で10坪にも満たない小さな店舗だった。通るたびに覗いていたがお客さんが入店しているところは見たことがなかった。閉店後は賃貸物件になったのだが家賃はなんと20万円だった。彼はそんなに稼げていたのだろうか。街はこうやって衰退していくのだ。そしてファーストフードとコンビニエンスストアに占領された街が出来上がる。それでいいのだろうか?

*4:もちろんニュースで報道されるように土地価格は大きく下落している。91年時の平均価格は70000万円近くあったが現在は25000円を下回っている。http://www.tochidai.info/