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なつやすみ日記

猫のような日々

僕たちは平然と自分に嘘をつく

大学時代の友人逹と久しぶりに会った。同級生のTくんはお笑い芸人を目指していた。活動内容は主にライブ活動だ。売れないお笑い芸人同士で企画を組み、ライブハウスでイベントを行う。Youtubeに動画をあげたり、面白い記事を書いたり、ライブ活動以外の営業活動には熱心ではなかった。あくまでも仲間内での興行がメイン。

 

興味深い発言をTくんがした。

「テレビに出ている芸人より売れていない先輩芸人のほうがおもしろいのに!」*1

僕の人生で聞いてきた様々な言葉を思い出した。「あの人のほうが絵がうまい」「あんなやつより良い音楽やっているのに」「あいつよりおまえのほうがモテるよ」などだ。

残念ながら彼らが報われることはなかった。僕が知らないだけでどこかでうまくやっているのだろうか。少なくともそれは”共感”という欺瞞で誤魔化され続けられたものだ。人間の感覚は非常に良い加減な作りになっている。例えば、自動車の時速40kmと自転車の時速40kmは体感速度が異なる。高速道路から一般道に切り替えた際、感覚は奇妙なエラーを起こす。時速80kmの速度がまるで時速40kmにしか感じないのだ!高速道路の出口付近で警察官が取り締まりをよくしているわけだ。

 

体感速度は多くの人が知っているし、気をつけていることではあるが、奇妙なことに他のことにはあまり関心が持たれていないことがほとんどだ。僕たちは公共の場所で他人がしている笑い話にクスりとも笑えないのにね。*2

 

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大東京トイボックス5巻143ページより抜粋

大東京トイボックスはゲーム制作会社が舞台だ。

自分たちの感覚は良い加減だし、どこまでいっても主観的に捉えることしかできない。客観的に捉えるというのは自分自身を疑うことであり、自己を不安にさせることでもある。だからこそ、何かしらの製作物に関わる人間は猜疑心と戦うことになる。耐えられない人間は自身に嘘をつき安寧を得る。

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大東京トイボックス5巻144ページより抜粋

何度も何度も読み返したり、テストプレイをしたり、編集をしたり、作品を練りこんでいくうちに感覚は変容する。僕の経験で恐縮だが楽曲制作の際に不協和音やリズムの狂いですら、心地よく感じるようになってしまったことがある。恐ろしいことに人間の脳は辛いことも心地良い方向に流れていくような仕組みになっているのだろう。そして、集団内でジワジワと受容するようになり、気づいたときには駄サイクルが完成する。

 

自分や他人の感覚はあてにならないし、数値化したものが頼りなるのだ。そんなことは言わずもがなで、世の中でお金を稼いでいる会社や集団は理論や統計的なデータを元に動いている。抽象性が高くなるほど、自動化も進み、市場に似たようなものが溢れていく。そして金太郎飴状態の閉塞性を切り開いていく人達がいる。統計や理論に縛らない感覚で動くギャンブラー逹が新しい文化を作っていくのだ。ひょっとすると「売れていない人達のほうが面白い!」という神話はこのような側面からかもしれない。

 

大東京トイボックス (1) (バーズコミックス)
 

 

*1:Tくん曰く、ライブ活動をしている芸人からはインターネットで活動している芸人はダサいし、実際にライブをするとつまらないそうだ。なんというか絶句。

*2:むしろ不愉快になることのほうが多いのではないか。故に電車内でおしゃべりはマナー違反になる。みんなが楽しめる馬鹿話だったら規制する意味はないからだ。