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なつやすみ日記

猫のような日々

自分の広告の読み方がGoogle化している件について

書評 インターネット Google 感想 広告

 

グーグル ネット覇者の真実 追われる立場から追う立場へ

グーグル ネット覇者の真実 追われる立場から追う立場へ

  • 作者: スティーブン・レヴィ,仲達志,池村千秋
  • 出版社/メーカー: 阪急コミュニケーションズ
  • 発売日: 2011/12/16
  • メディア: 単行本
  • 購入: 8人 クリック: 447回
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  『グーグル ネット覇者の真実 追われる立場から追う立場へ』を読み終えました。Googleの歴史や思想について、詳細に語られていて読み応えありました。Googleの収益源と言えば誰もが知っていますが、ユーザーが検索サービスで検索をした時に表示される広告費で莫大な利益を出していることは有名だと思います。Google Adwordsと呼ばれている広告システムのことです。また、WebサイトやGmailに表示される広告群はGoogle Adsenseと呼ばれています。

 

 皆さんがご存知の通り、この広告システムはユーザーが検索した文字列によって判断され表示されます。例えば、”掃除機”と検索すると掃除機メーカーのダイソンの広告屋や「掃除機は○○で!」というキャッチコピーの大手家電量販店の広告が表示されます。決して、"掃除機”を検索したのに、上海行きの格安チケットの航空券が広告として表示されることはないわけです。*1つまり、検索結果に出てくる広告はユーザーが求めている有益な広告が表示される可能性が高い。テレビCMや電車の中吊り広告とはかなり異なるというわけだ。僕の私見だがそもそも、広告とは多くの人にとって不快な場合のほうが多い。

 

 Googleの広告システムを開発したのは広告嫌いのエリック・ヴィーチというエンジニアである。 彼だけではなく、Google全体で従来の広告に対して不信感があったそうだ。

伝統的な広告に対する嫌悪感は、創業者の二人だけではなく、グーグルという企業全体に充満していた。グーグルに関する最初の学術論文の中で、ペイジとブリンは従来型の広告が広める害悪について付録で時節を展開した。

〜中略〜

中身のない広告をユーザーに押し付けるのではなく広告であってもユーザーが必要とする重要な情報を提供すべきだというブリンの主張に強く感銘を受けた

グーグル ネット覇者の真実 追われる立場から追う立場へ p127-128

 結果として、Googleが取った方法は事業主がセルフサービスで広告を入札するオークションのようなシステムを採用したがあくまでもユーザーのためのサービスであるという点は曲げなかった。

情報としてユーザーに最も有益な広告が優先的に表示され、最も目立つ表示位置を金で買うことができない仕組みになっていた。つまり、ユーザーが広告主のランディングページを閲覧することが最も多い広告が優先的に表示される。表示されたテキスト広告を実際にクリックした人々の割合を、「クリックスレート」と呼ばれるようになった

グーグル ネット覇者の真実 追われる立場から追う立場へ p128-129

 

 また、Google Adwordsはユーザーのクリック数に応じて支払うため数万円程度の小額の広告費しか出せない事業主でも参加することを可能にするものだった。このシステムのおかげでニッチな文字列でもロングテールの広告掲載期間を得ることが出来るようになった事業主もいた。

 

 この書籍を読んでいる時に僕がふと思ったのは僕自身が最も有益な広告が表示されることが当たり前だと思っているのではないか?と思った。テレビのCMは邪魔で、中吊り広告で商品は買わないし、とうぜん雑誌の裏のギター入門セットやお金や女の子がいとも簡単に手に入るようになるアクセサリーは買う事はない。広告は邪魔なのだ*2。まるで自分の思考パターンがGoogle化しているような気がしてくる。有益な情報は検索すれば返ってくると自分の頭が反射的に思い込んでいるような薄ら寒さを感じた。

 

中身化する社会 (星海社新書)

中身化する社会 (星海社新書)

 

  菅付雅信さんの『中身化する社会』という書籍で彼はこんなことを書いていた。

先進国の人々は広告を信じていない。 

調査会社ニールセンが2011年9月に世界56カ国、計2万8000人のオンライン消費者を対象に実地した広告の信頼度調査で、〜中略〜 2007年の調査と比較すると、テレビ広告は62%から47%へ、新聞広告は61%から41%へ、雑誌広告は59%から47%へさらに企業のブランド・サイトは70%から58%へ落ちている。

さらに地域別で見てみると、テレビ広告を信頼していると答えたのは、アジア環太平洋地域が47%であるのに対して、北米は40%、ヨーロッパは30%しかなく、新聞広告はアジア52%、北米47%、ヨーロッパ28%、雑誌広告はアジア54%、北米47%、ヨーロッパ28%と、特にヨーロッパにおける広告への信頼度の低さは顕著となっている。

中身化する社会 (星海社新書) p68-69

  この続きでwebメディアの広告費だけは唯一右肩上がりと指摘し、Facebookのマーク・ダーシー氏の「これからの広告は人々の間に割って入っていくものではなく、コミュニティーを作るものになる。ソーシャルメディアで真実は暴露されます。Facebookは嘘が嫌いです」というあるカンファレンスで発言したコメントを引用して、従来の広告というものが陳腐化し始めていることを著者の菅付さんは論じている。ぼくが別のレトリックで表現するなら、多くの人達が検索すれば自分に適した情報が手に入ると信じ始めている、ということではないかと思った。2chまとめブログ、ヤフー知恵袋、食べログ・・・これらのWebにおけるステルスマーケティングや荒し行為等が横行するのは少なからずそういった文章が現実に影響を与えているからなのだろう。もちろん、情報リテラシーに優れた人間が看破することは容易いことかもしれないが、世の中の人達はそういった人達ばかりではない。

 

 オンライン広告が右肩上がりと言っても、全体の広告費では2割程度でしかない。残り8割はオフラインの広告なのだ。Googleは人々を更にオンラインにすれば 必然的にGoogleの収益が伸びて行くことになるので、様々なソフトウェアやプロダクトを開発しオフラインの人々をオンラインにするように注力している。おそらく、今後人々がオンライン化していくにつれて個人に最適化された有益な情報が提供されるように改良化されていくだろう。かつては大企業しか広告を打てなかったが、Google Adwordsの登場で中小企業でも広告を打てるようになり、ベンチャー企業等も打てるようになり、個人事業主も打てるようになった。Facebook等のSNSにおいては友人同士というなんとも狭い枠内で広告が機能するようになってしまった。ただ、それによってクラスタ内でしか意味が通じないプロダクトが横行するようになってしまった。僕が好きな日本のインディーロックに関して言うならばceroというバンドはそうだ。はてなブックマークをよくみる人達にとってはenchant Moonなどもそうだろう。一部では超有名だが、それは限界集落内の話なのである。*3

 

 僕が一番驚いたのは自分の中にGoogleの思想がいつのまにか入り込んでいたということだ。誰かから押し付けられた情報に拒否をするようになり、自分が求める有益な情報を求めるようになっている。いつのまにかGoogleに啓蒙されている。すごい。

*1:もちろん可能性としては有り得なくはないが、悪戯以外にそのような広告費の使用方法は考え難い

*2:そのくせ、他人の感想は簡単に信じてしまい、ステルスマーケティングに引っ掛かることになる。

*3:マスに知らせるための広告が段々と小さい対象になっていきそれが最小化したときにどうなるか?個人が誰にも情報を伝えることを必要としない究極の広告が出来ることになる。自分の中で情報を生み出し、自分で情報を読み、自分で商品を買う・・・すいません。自分で言っていてなんですが与太話もいいとこですね(笑)しかし、自分で情報を作り出すというのは、Google初音ミクを使ったCMで「Everyone,Creator」というキャッチコピーを彷彿とさせてしまう。そういった時代的側面はあるのかもしれない・・・?